一般にコンピュータ援用設計において設計問題は, 与えられた要求を満たす解を予め定義された閉じた状態空間内での検索 により求めることととらえる見方が支配的である. コンピュータは有限の記憶容量の制約のもとに, 閉じた空間を取扱うので, 可能な設計解の全集合は不変の検索空間内に静的に存在していることになる. たとえば,設計対象物は, 予め定義された属性と属性値とのペアがつくる固定的な集合で表現され, ルールや事例の記述に用いられる属性はいずれも固定的なものである. これに対して, シンセシスを中心とする設計活動は 検索ではなく非定型な探索であり1.2, 検索に基づく設計は,良定義されている詳細設計などの定型的な設計のモデルに 過ぎず,概念設計の支援としては十分とはいえない [Smithers and Troxell 1990; Coyne and Snodgrass 1993]. シンセシスとしての設計の本質的目標は, これまでに存在しなかった新たな人工物を創り出し「世界を変えること」[Gero 1996] である. また,設計には,設計者が新たな事実や手順を知ることによって 一貫性の欠ける意思決定を行ったり[Alcantara 1991], より良い設計を目指して進化していく [Gorti and Sriram 1996]といった動的な特性がみられる. ただし, 実際に人間が行っている創造的と呼ばれるような設計においても, 人間の持つ能力が無限でない以上は,閉じた世界の制約は課せられている. すなわち,コンピュータによるシンセシスの取扱いの不十分さは, 取扱う世界が閉じているかどうかによるものではなく, 閉じた世界の記述に基づく知識と論理体系に依拠した 従来のアプローチによるものであると考えられる [上田 1993; Ramirez 1996].
人間の行う設計は,非常に大きな検索空間の一部に注目しており, 注目領域が設計過程において不動ならば定型設計と呼ばれるが, 設計の進行とともに,注目の焦点がシフトされていくことで, 一見,動的な探索活動となると考えられる. すなわち,人間の創造性とは 非常に大きな検索空間中で,注目領域を適切にシフトできる能力 と定義できる[Schnier and Gero 1996]. 一方,コンピュータによって取扱われる設計空間は, 人間の設計者が意識的・無意識的に考慮しているそれに比べて 遙かに小さく, 生成される設計解の多くは設計者にとって容易に予想され得る 類型的な設計へと設計者を導きがちとなる. したがって概念設計支援においては, コンピュータが設計過程を主導することは不適当といわざるをえない. 設計者が設計過程を駆動すべきとの考え方に基づき, 赤木と藤田(1988)は,船舶の概念設計を例に, 制約伝播に基づく設計支援システムを示している. これは,ある属性値の変更による他の属性値への波及を設計者が容易に 把握可能とすることで, 設計者の試行錯誤を柔軟に支援することをねらいとしたものである. また,設計者がシステムの想定する標準的な設計とは異なる 設計案を採用した場合,その理由を設計者に質問することで 新たな知識を獲得し知識ベースを充実していく試み[Garcia and Howard 1992] や, 複数の解候補の中からの設計解の選択における設計者の意図に 注目し, 事例ベースの設計支援を行う試み[山岡, 西田 1995]がみられる. Mooreら(1997)は,与えられている設計問題に対してシステムは最も適している と信じる解を推薦する機能を持つが, 人間の設計者が設計過程を主導し,システムが設計者を観察しながら, 知識ベースに反する場合に設計者と対話を行うアプローチを示している. これらは,コンピュータが設計を駆動するのではなく, 設計者を背後で見守り, 必要な時のみに助言する姿勢[Anumba and Watson 1992; 永田,畑村 1993]である.
一方, 自然界の生命システムに観察される複雑な挙動に注目した 人工生命のアプローチからは, 局所的な要素の大域的な相互作用によって 陽には記述していない新たな挙動を生じ得る 創発現象が観察されており[上田 1995], 設計解の多様性に対しても同様の解釈が可能である [Poon and Maher 1997]. すなわち,設計空間が予め定義された閉じた世界であっても, その組合せパターンとしての設計解には,新たな性質が生じる場合がある. たとえば,既存の設計知識に存在する変数関係を互いに入れ替え, 実際には存在しないかもしれない知識を組合せ的に創り出し, それらを用いた設計候補の生成[池本ら 1996]が試みられている. 提示される設計案には実現不可能な設計も含まれるが, 既存の知識による推論とは異なる新たな設計案を導く可能性を持ち, 現存の技術では実現不可能な解であっても, 不可能な部分の解決という新たな設計への示唆を設計者に与えることができる.
人間の創造的活動を刺激するためのツールとしての コンピュータのあり方を探る立場[Dreyfus 1979; 堀 1993; Rodgers and Huxor 1998]からは, 創造的活動としての設計過程では, コンピュータによる高度な判断は必要条件ではない[中島 1993]との主張や, Designer Amplifierとしてのコンピュータの提案[鷹合ら 1997]がみられる. このとき,実現が可能かどうかは厳密には問わず, 不確かな情報も含む多くの設計案を生成することが求められ, 設計者に多くの情報判断・取捨選択の機会を与えることが 重要となる[Chakrabarti and Thomas 1996]. すなわち, コンピュータがブラックボックスとして 設計過程を強く駆動するのではなく, 個別の設計者の対話的なパートナーとしてふるまい, 意思決定の主体を設計者におく設計アシスタント[Dybara et al. 1996; Hauser and Scherer 1997; Garrett Jr. 1998] としてのコンピュータ援用設計の枠組が注目されている. この枠組においては, 閉じてはいるが大きな設計空間の取扱いと, 適切な組合せ的候補生成機能とが鍵となる.